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Artist
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Roco Asada
写真 実態とは、あるフィルターを通して整理され認識されているものである。
赤・青・緑の澄んだ瞳(フィルター)
Rocoの描く少女の妖しい魅力は善悪を超えた不思議な透明感・純粋性である。
まさに、ネオ・ヒューマニズムの到来である。
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福井光
良寛さんやこども達、野菜・果物・魚などの自然の恵、七福神等
福井光の作品には日本の心がある。詩がある。
「自然の中にこそ大切なものがある」
作品がそう語っている。
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安野恵美
写真 この清らかな香りは何なのだろう。
にごりのない爽やかな風が、舞妓や母子、女たちのまわりに吹いている。
安野恵美という作家の目線が清らかな流れの現れなのです。
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吉原英里
いつもと少し違った洒落た空間を演出してくれる吉原の作品には、
やわらかなフォルムの中にも、センスが光ります。
忙しい生活の中、ひとときのブレイクタイム。
あなただけのご褒美を。
ちょっとだけ特別で、気どった時間を。
写真
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柳田補
写真 いかに目の前にある物を油絵で再現できるかを目指しているのだろうがそれだけでは物足りない。
最近それ以上のものを描きだそうとしているようだが、描くというのは鑑賞者に感じさせるのであって、絵が露骨に主張するものではないと考える。これほどの描写力があれば、それを描きこめば描きこむほど生々しくなり肉体化されてしまう。
もちろんこの作品はその手前で抑えられているが、他の絵にはその傾向が見える。どういっていいか判らないが、この描き方で心理面まで描こうとするなら墨絵のように描かないところでそれを意識させるぐらいがいいのではないだろうか。人物は難しい。
単一な感情を描こうとすること自体、強調でありデフォルメである以上、技法もかわるしかないのであろう。
この迷いが氏の作品を一段成長させるのだろう。
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鈴木亘彦
ガラスの中に閉じ込められた思い出の数々。
標本箱型の作品であるが、ひとつひとつ並べられた物の配列、配色から氏のやさしさを感じる。
他の作品を見ても自然や人への思いやりのようなものが感じられます。ガラスという材質からくる危うさがもたらすものか、だかこそ作品の奥にほのかな暖かさを感じるのです。透明で冷たいガラスからピュアな眼を、そこに使われている物(人の手に触れた物)や色という人為的な物から生命の残り香を感じるのです。
39歳という若さからも先が楽しみです。
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井本一倭
写真 井本一倭はまだ33歳。
卓越した描写力をもつ彼は、それゆえに自らの画風を掴めないでいた。いや、いまだ道は半ばである。
だからこそ観ていただきたい。彼の苦悩の軌跡を、何かを掴もうとしている予感を。
 
バックの処理、繊細な筆運び、若いデザインセンスを。
彼は努力を怠らずここまでやってきた。完成された作品ではなく、ともに成長する姿、若き才能を応援してください。とはいえ観ていただければ判るだろう、彼の才能が並ではないことが。
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冲康史
とにかくこの造形美を見ろ、というに尽きる。
信楽焼きといえば、狸、土鍋というところが出てきそうですが、もちろん花器、壺、茶碗と工芸品としてもすばらしいものがたくさんあります。どれをとっても厚手が多い中、氏の作品はその薄さに特徴がある。
曲線の美しさは神聖さを感じるぐらいである。デザインセンスも卓越している。写真の作品は三つの乳房に支えられていて古代土器を思わせるシンプルさがある。
豊饒な土肌から受ける安堵感は触れてみなければ判らないぐらいだ。
品のいい土色とシンプルな器に簡単な料理をのせ酒があれば最高です。
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松村光秀
写真 柳の樹の下で舞う女。着物に足袋、細くつりあがった眼は勿論東洋を感じられるものである。ましてや柳とくればなおのことだ。その表情は喜びに溢れていて、受け口ぎみの口元は楽しそうだ。どちらにしても生命の喜びとは柳が風に揺れるがごとく存在するものではないか。東洋の死生観がそこにある。
松村氏は、喜怒哀楽の風に翻弄される生を見つめているのだ。舞っているのは女でなくて「生」そのものであろう。この日本にあり、東洋の血から真正面に生死を捉え、表現している稀有な作家である。生きるとは、かくも滑稽であり美しいものなのだ。
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